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前ページ次ページ蒼炎の使い魔 翌朝、学院長室ではそれはもう大変な事になっていた。 「土くれのフーケ! 宝物庫を荒らした盗賊が!」 「随分とナメた真似をしてくれる!!」 「衛兵達は何をやっていたんだ!!」 「平民なんぞ当てにはならん!」 ワーワーギャーギャーと教師連中は大声を上げる。 そんな大騒ぎの中、ルイズと使い魔のカイト、 そしてギーシュ達3人と今朝、生徒の話を聞いたコルベールは呆気に取られた表情でその光景を見ていた。 昨晩の事を報告しに学院長室に来たと思ったらこれである。 朝からテンション上がりまくりの教師陣は更にヒートアップしていく。 (あ、倒れた。) とうとう、頭の血管でも切れたのか教師の一人がドサリと倒れた。 しかしその教師は生徒のルイズに影口を叩くような人間だ。 別にいいかと思いながら、皆が冷静になるのを待っている。 さて、この教師陣は一体何をしてるのかというと… 「当直は誰だったんだね!?」 「ミセス・シュヴルーズ! 貴方ではありませんか!」 所謂責任の擦り付け合いである。 こんな事をしてる暇があればさっさと何らかの対策を立てればいいのに。 ルイズはともかくギーシュまでもがそう考えていた。 ミセス・シュヴルーズという女性はあまりの剣幕に泣きながらも謝罪の言葉を述べる。 ギーシュがそれを見て足を出そうとしたが、それはルイズによって止められた。 「何をするんだ?」 「オールド・オスマンが来たわ」 ルイズの言うとおり、奥からオールド・オスマンが登場した。 彼はこの学院の最高責任者だ。 決めるときには決める。 決まらない時はエロイ。 きっとクーンが年を取ったらこんな感じになるのではないだろうか。 …多分。 そんなオスマン氏は今は決まっているらしく、騒ぐ教師陣を宥めはじめた。 そして、昨夜の状況をルイズたちに聞き始めた。 「お主達じゃな、土くれのフーケを目撃したのは。」 ルイズは答える。 「はい、正確に言えば私とギーシュの2人だけですが。」 「ん? 使い魔の…カイト君はどうしたのかね?」 オスマン氏はカイトを不思議そうに見ながらもルイズに問いかけた。 「用事があったとかで一緒には居ませんでした」 ルイズの言葉に周りの教師陣の様子が変わる。 彼女は少し失望した。 何が何でも今のうちに責任者を見つけたいのだろう。 ルイズは小さくため息を吐いてカイトに話しかけた。 「ほら、あんたも言いなさい。」 カイトはその言葉にコクリと頷いて背中からデルフリンガーを取り出した。 「…ハアアアアア」 「ん、ああ。 えっと、自分は昨夜はシエスタって言うメイドの所へ行っていた、ってさ。」 「「なっ!」」 ルイズとギーシュは同時に驚愕の言葉を出した。 「ふうむ…、ならばミスタ・グラモンの方は…?」 突然話を振られたギーシュは驚きつつも努めて冷静に言葉を返した。 「ぼ、僕の使い魔は昨夜は寝ていました。」 オスマン氏はその言葉を聞いてそっと目を閉じる。 そして、謝罪の言葉を2人に掛けた。 「ふむ、すまんかった。疑いを掛けるような真似をして。」 オスマン氏の言葉に2人は頷く。 ルイズは握りこぶしを作っていたが… きっとその握りこぶしはカイトに対する物に違いない。 室内に沈黙が下りる。 そこでふとコルベールが、思い出したかのように口を開いた。 「そういえば…ミス・ロングビルは?」 言われてみれば彼女がいない。 どうしたのだと話を始めた矢先に、扉が開いた。 「土くれのフーケの所在が分かりました!」 それはミス・ロングビルだった。 その瞬間カイトの様子が変わった。 「…!」 いきなり警戒の姿勢になったカイトを横の2人は不思議に思う。 そして、右腕がスーっと光り始めた。 ルイズは慌てながら、カイトを止めた。 「ちょっと馬鹿! 何やってるのよ!」 飽くまで小声でカイトの腕をつかむ。 カイトは少し黙った後、腕の周りに浮かび始めていた光を消した。 そんなやり取りをしてる間に、教師陣の様子が変わった。 「では土くれのフーケはそこに…」 「はい、証言者の話を聞けば間違いないと思います。」 「それでは、早速王室に報告に…」 「しかし、それでは逃げられてしまうぞ!」 騒がしくなってきた教師陣をオスマン氏は止める。 「おほん!!」 そして、ある策を出した。 ならば、こうしよう。 学院内の不始末は学院でつけると。 だから、こちらから少数で奪還しよう。 オスマン氏はそう提案して、有志を募る。 「では、これから捜索隊を編成する。自分がというものは杖を上げよ! 貴族として名を上げたいと思うものはおらんのか!」 オスマン氏が声を出しても教師連中は顔を見合わせるだけだ。 ルイズはそれを見て、杖をあげた。 「ミス・ヴァリエール! ここは教師に「誰も上げないじゃないですか!」…っ!」 堂々と言い放ったルイズにミス・シュブルースは口を閉じた。 そしてそれを見て、ギーシュも杖をあげた。 「ミスタ・グラモン! 貴方まで!」 「な、何考えてるのよ!」 ルイズもこれには戸惑うばかりだ。 ギーシュはその言葉を聴いて、堂々と反論する。 「僕はミス・ヴァリエールとその使い魔君に多大な借りを作ってしまった。 だから、僕は彼女達に力を貸したい!」 本当は名も上げたいのだが、そこら辺は流石に空気を読んだらしい。 ギーシュの顔は所謂、漢の顔になっていた。 「ふむ、では頼むとしようか。」 オスマン氏は志願した2人(カイトは強制)を捜索隊に編成した。 だが、それに異を唱えるものがいた。 コルベールである。 だが、オスマン氏はコルベールを含め全ての教師に口を開いた。 先の決闘でギーシュとカイトの実力は知っている。 圧倒的に負けたとはいえ、あの時のギーシュの力は教師陣に引けを取らないほどの強さだったのだ。 それに、メイジの価値は使い魔を見よという言葉があるように、またルイズの力も未知数だ。 そんな3人相手に勝てる者はいるのか? そう言えば、異を唱える者は誰も居なかった。 「ふむ、ミス・ロングビル。3人を手伝ってやってくれたまえ」 ミス・ロングビルはそれに頷いて、部屋から出て行った。 「さて、決行は今日の夕方じゃ。ミス・ロングビルに迎えに行くように指示を出しておく それと今日の授業は休んでよい。 ただし、準備を怠らずにの。」 授業免除を受けても3人の顔は真剣そのものだった。 オスマン氏はそれに満足げな顔を浮かべると、解散の言葉を放った。 「では、これにて解散じゃ!」 数十分後… 「サボってるみたいで気持ち悪いわね…」 ルイズは学院の外にある野原に座っていた。 部屋にいると落ち着かないのだ。 そんな彼女に一緒に居たギーシュは声を出す。 「まあ、たまにはいいんじゃないかな。」 ギーシュは寝転んで学院を眺めている。 そんなギーシュに彼女は当然の疑問を出した。 「でも、なんであんたまで?」 「決まってるだろ? ここで逃げたら名が廃る…ってね」 彼は命よりも名を惜しめと教えられてきた。 しかし、今の彼にとってそれは言い訳だった。 「僕は力を手に入れて調子に乗った。 それを止めてくれたのは君たち二人だ。」 「…」 「だから本当は、君たちに力を貸したい。 ただそれだけの事だから安心してくれ。 僕だって戦えないわけじゃない。女性を傷つけるのは流儀に反するからね」 それは何時ものような口説きの姿勢ではなく、社交辞令的なものだった。 何時も女性の事と自分の名誉ばかり考えているわけではないらしい。 彼女もそれに好感を覚えたのかギーシュに言葉を掛けた。 「ま、期待してるわ。」 「任せたまえ。」 さて、と2人が立ち上がったのはほぼ同時だった。 2人は後ろの人物に目を向ける。否、睨んだ。 カイトはその様子に?マークを頭に浮かべた。 「さ~て、カイト。少し聞きたいことがあるんだけど。」 「ああ、僕も聞きたいことがあったんだ」 「…?」 「あんた、何でシエスタのところに行ってたのよ!」 「そうだ! 僕の方が先に君と約束しただろう!!」 「それに、あんた何でミス・ロングビルに攻撃しようとしてたのよ!!」 あまりの剣幕にカイトは一歩後ろに下がった。 作戦まであと7時間… 本当に大丈夫なのだろうか… 前ページ次ページ蒼炎の使い魔
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前ページ次ページ死人の使い魔 第二話 翌朝、目覚めたルイズは寝ぼけながらみたグレイヴに驚いた。 一瞬、何故部屋に死体がなどという考えが頭に浮かぶ。 そんなルイズの考えを知ってか知らずかグレイヴも目を開ける。 私が起きたのがわかったのかしら? 着替えながらそんなことを思う。手伝ってもらうという考えも 浮かんだが、彼をみるとそんな気持ちなどなくなる。 昨日寝る前に家事をさせてみようかなどとも考えていたのだが、 そんなものは似合わないし、自分の目の届かないところで 何かをさせるのは不安な気がした。 着替えが終わったあと改めて彼を観察する。 見た目は二十歳代の後半くらいに見える。 黒髪は肩まで伸びていて肌は浅黒い。服装も変わっている。 少なくともトリステインでは見かけない。 目に付く特徴の一つとして眼鏡もあげられる。眼鏡じたいは珍しい ものではないが、左目のレンズは 黒く、白い十字が描かれている。 伸びた前髪がレンズにかかっていることもあり左目を見ることはできない。 ただそのレンズの奥をのぞこうとは思わなかった。 その目を通るように大きな傷跡が縦に刻まれていたからだ。 もしかしたらレンズの奥の左目は無いかも。 頼んでみれば眼鏡を外してくれそうだったが、確かめる勇気はなかった。 「ついてきて」 朝の準備を終えたあと、彼に声をかける。 彼が立ち上がり鞄を手に持つ。 かなりの長身だ、そして猫背で歩いている。 それがまた多少の不気味さを出していた。 「それ持っていくの? まあいいわ、よっぽど大事なものなのね」 アタッシュケースの中身を理解せずに気軽に許可を出す。 ケルベロスがどういうものかを知っていれば 許可は出さなかったかもしれないが。 ルイズとグレイヴが部屋を出るとちょうどキュルケが部屋から出てきた。 キュルケにグレイヴのことを平民の使い魔だとからかわれる。 「なんであんたは私が、へ、平民を呼び出したのを知っているのよ」 本当は平民じゃないのにと真実を言えない悔しさを混ぜながら答える。 それにグレイヴのことは学院長とコルベール先生しか知らないはずだ。 「あら、結構うわさになっているわよ。ゼロのルイズが平民を召喚したって」 ゼロと平民を強調しながらキュルケが答える。 「昨日あなたが呼んだ箱の中身を気にしている人が結構いてね、こっそり のぞいていたらしいわよ。立派なのは入れ物だけだったわね、残念ねルイズ」 そんな言葉のあとにキュルケの使い魔の自慢が始まった。 サラマンダーでフレイムというらしい。悔しいが立派だ。 彼女の属性にも合っている。素直に認めるのはしゃくだが。 不意にキュルケがグレイヴに名前を尋ねた。 「あなた、お名前は?」 「……………………」 答えはない。 あわてて答える。 「彼グレイヴっていうの、それと喋れないの」 キュルケは驚いた顔をしたあと、残念ねと言い、 お先に失礼と サラマンダーを連れて去っていった。 「なによあの女、自分がサラマンダーを召喚したからって」 一人で愚痴る。グレイヴは相変わらずだった。 食堂に着きグレイヴに声をかける。 「そういえばあんた何を食べるの?」 人と同じもの?それとももっと別の何かだろうか? そもそも食事は必要なのか? とりあえず隣の席に使用人用の食事を用意してもらっている。 その席にグレイヴを座らせるが食事をする気配はなかった。 「喋れないのって本当に不便ね」 私の言っていること理解しているのかしら? たまたま従っているように見えるだけで実は、 意志の疎通はできていないのではと不安になる。 授業が始まる前ミセス・シュヴルーズがグレイヴについて指摘したせいで、 またゼロのルイズだの平民の使い魔だのとからかわれた。 からかった生徒に反論しながら思う、彼はただの平民じゃない! と。 彼が喋れて自分の正体を説明できれば、きっとゼロの二つ名も 平民の使い魔という評価も返上できるのに。 ミセス・シュヴルーズが騒ぎを収め授業を始めた。 先生の『錬金』の授業を聞き流しながらグレイヴのことを見る。 私は魔法を使えない。正確には使おうとすると爆発が起きる。 そのためゼロと呼ばれているのだがその分、いやそれ故に 座学のほうは頑張っているのだ。今日の講義も予習は済んでいる。 そもそもグレイヴは何者なんだろう? ミスタ・コルベールが言うには魔法以外の技術で作られた ガーゴイルらしいが、実際はどうなんだろう? 案外ただの平民だったらどうしよう。 などと考えていたらいつの間にか授業は終わっていた。 その日のコルベールは興奮していた。まだ触れたことのない未知の技術、 それも非常に高度な。その技術に触れることができるのだ。 そのための準備は昨日のうちにしておいた。といってもトレーラーを 自分の研究室の近くに運んだだけなのだが、それが非常に大変だった。 タイヤがついているからと馬でひいてみたが 馬ではひけないくらい重く、 学院の教師達に応援を頼みやっと運んだのだ。 はやる気持ちを抑えトレーラーに乗り込む。 やはり素晴らしい。 目を輝かせながら中を調べ始めるのだった。 昼食の時間になりグレイヴと食堂に向かうルイズだったが、 ふと思いついたように言う。 「あんた食事はいらないんでしょう?」 うなずくグレイヴ。 「なら部屋で待ってなさい。あとで迎えにいくから。部屋まで一人で帰れる?」 再びうなずき、グレイヴは部屋の方へ歩き出した。 一人で行動させるということに多少の不安はあったが、部屋に戻るくらいは 大丈夫だろう。 食堂にいて何も食べないのは不自然だ。周囲の人にとって彼は ただの平民なのだから。 食事が終わりデザートを食べているが、またグレイヴのことをぼんやりと 考えていた。 最後の一口をというとき、何やら後ろが騒がしかった。少し耳を傾けて みるとギーシュが一年生の女子と揉めているらしかった。 頬をひっぱたく音が聞こえたが、ルイズにはどうでもよかった。 最後の一口を食べながら再び考えに沈む。ふと目をやるとギーシュが モンモラシーに 頭からワインをかけられていた。 そのあとギーシュの友人らしき人物がギーシュに謝っているのが見えた。 「すまないギーシュ、壜を拾ったばかりに」 心底どうでもよかった。 デザートを食べ終えたのでルイズは食堂をあとにした。 ルイズがグレイヴを迎えにいくとグレイヴが部屋の前に 立っているのが 見えた。 もしかして扉開けれないのかしら? そこで気づく、鍵をかけていたことに。 でも鍵がかかっていたなら私のところに来ればいいのに。 しかし扉を開けようとして開かずに立ち尽くすグレイヴを 想像して、少し可笑しくなった。 よく見れば少し不機嫌なようにも見える。 部屋の鍵くらい持たせていいかしら? 食事のたびに部屋の前で立たせるのは可哀想な気がした。 言うことには素直に従うし、鍵くらいなら渡してもいいだろう。 あまり考えずに決断する。 時間を確認すると授業にはまだ時間があった。 ミスタ・コルベールに会いに行こうかしら。何か分かったかもしれないし。 「グレイヴ、ついてきなさい」 トレーラーの中にコルベールはいた。 朝からずっと休憩も取らずに中を調べていた。 中に入ってきたルイズとグレイヴをみて、ため息をついて言う。 「素晴らしい技術です。いったいどこで作られたのか、想像もつきません」 それからいかにこれらが素晴らしいかを興奮しながら語り始める。 ルイズには難しいことは分からなかったが、とにかく凄い ということは 伝わった。 改めてみると使い方の分からないものばかりだ。 奥のイスを見る。 あそこにグレイヴは座っていたのよね。 するとコルベールが気になることがありますと イスまで二人を連れて行く。 コルベールの顔を見ると強ばった顔をしていた。 このイスに繋がっていたパイプを覚えていますか? と尋ねられる。 このパイプがはずれグレイヴは目を開いたのだ。 記憶に強く残っている。 「私もパイプのことは記憶に残っていて調べてみました。 そうするとそのパイプの先には血液、それも恐らくですが人間の 血液がありました。彼は血液で動いているのかもしれません」 それはチェンバーと呼ばれるもので、血液を補給するものではなく、 交換するための道具だったのだが、コルベールにもそこまでは 分からなかった。 ルイズの頭の中には吸血鬼という考えが浮かぶ。 しかしその考えが聞こえたかのようにコルベールは否定した。 「元が吸血鬼という可能性はありますが、彼は吸血鬼ではないと思います。 少なくとも一般に知られている吸血鬼ではありません。吸血鬼の特徴と あまりにかけ離れすぎています」 「じゃあ、彼は一体なんなんです?」 「分からないですが、ガーゴイルのようなもので間違いはないと思います。 人の血液で動くというのがつきますが」 「グレイヴは人間を襲うんですか?」 怯えながら尋ねる。 「分かりません。ただ当分は大丈夫だと思います。 まだここに大量の血液が残っていますので。 どうやって集めたのかは分かりませんが」 ルイズには嫌な考えがというか、嫌な考えしか浮かばない。 「まあこれからも彼と付き合っていくなら、何らかの方法を考えなければ ならないでしょう」 しかしと続けまたこの技術に対する賞賛になる。 「新鮮な血液を長期にわたり保存する方法はないのですが、 これはそれを可能にしています」 血液のパックをみながら言う。 「本当に彼が喋れないのが残念です、是非とも話を聞きたかった」 ルイズはコルベールの態度が気にかかり尋ねる。 「あのグレイヴのことは恐くないんですか?」 彼は人間の血液で動く、いわば化物のようなものだ。 それなのにあまりに能天気なようにみえる。 「まったく怖くないといったら、嘘になりますがね」 少し微笑みながら言う。 「しかし私は彼に何かをされたわけではないし、 これからも何かをされるとは思えない」 でもとルイズが言う。 「言いたいことは分かりますよ、しかしですね、この技術をみてください。 血液を新鮮な状態で保存する。確かに気持ちのいいことではありません。 しかしこの技術が実用化されたら将来多くの人が助かる可能性が出てきます。 技術というのは扱う人しだいです。彼についても同じことが言えるのでは ないでしょうか?」 それを聞いてルイズは思う。 そうよ主人の私がしっかりグレイヴの手綱を握っていればいいのよ。 気持ちがかなり楽になる。 しかしそのためには人間の血液、もしくはそれに代わるものを 見つけなければならないのだ。そこで気づく。 「あのグレイヴはいつ、どれくらいの血液を必要をしているのですか?」 「分かりません」 答えはあっさりしたものだった。 「必要になったら彼が教えてくれるでしょう。量については一度目の ときに計測しましょう。あと、このことについても皆には秘密ですよ、 私も学院長にしか報告しません」 「分かっています」 うなずきながらルイズは答える。 しかし秘密ばかりが増える。 それもこれもみんなグレイヴのせいだと、少し疲れた顔をしながら 彼のほうをみる。 すごい重要な話をしていたのに相変わらずの無表情だった。 しかし釘だけはさしておかなければ。 「いい、あんたの血液に関しては私が何とかしてあげるから、 絶対、ぜ~ったいに人を襲ったら駄目だからね」 グレイヴはうなずく。 本当に分かってんのかしら。ため息をつきながら思う。 しかし正体はどうであれ、彼は私の使い魔なのだ。 私がしっかりしなくては。 再びそう強く思った。 前ページ次ページ死人の使い魔
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前ページ次ページ鋼の使い魔 アンリエッタが訪れた夜が明けて、早朝。 朝の澄んだ空気の中に旅支度をしたルイズとギュスターヴが、厩番に駅逓乗り換えが効く馬をもらい、学院正門前で馬具を着けていた。 ルイズは普段の制服だが、スカートの下にブラウンのスパッツを着け乗馬用のブーツを履いている。踵に生えた角のような棒拍が朝露に濡れている。 一方ギュスターヴは普段のデルフと短剣に、以前武器屋でデルフにおまけとしてつけさせたナイフ6本を革紐で連ねて体に巻きつけるように着けている。 馬具の具合を確かめながらルイズは言った。 「いい?ギュスターヴ。私達はアンリエッタ殿下からある任務を賜ったわ。その為にまず、国を出てアルビオンに行くのよ」 しんとする朝の空気にルイズの声が響く。そこには使命感に燃える瞳があった。 「なんで俺まで付いていかなきゃならんかな」 他方、秘密主義的に振舞う一応の主人に対し、手の内を知っているギュスターヴは少し冷めた気分で抵抗してみる。 「何言ってるのよ!あんたは私の使い魔でしょ!ご主人様が出かけるなら付いていくのが基本でしょうが!」 指を伸ばしギュスターヴに突きつけるルイズ。彼女の頭が今は任務の事で頭が一杯なのだ、というのがわかる。 ギュスターヴは小さくため息をつく。 「…で、まずは何処まで行くんだ?」 「ここから大体北西に400リーグくらいにあるラ・ロシェールという町に行くわ。そこからアルビオンへの定期船が出ているの」 「しかし馬では次の『スヴェルの日』までに町に着けるか微妙だな」 「誰だ?!」 不意に聞こえてきたのはこの場の二人以外の、若い男の声だ。 警戒しデルフに手をかけるギュスターヴだが、声の主は上空から屈強なグリフィンに乗って降りてきた。馬が慄くなか、グリフィンは行儀よく地面に着地する。 「いや、驚かせてしまって失礼。僕は君達を護衛する為にアンリエッタ殿下に依頼された、魔法衛士大隊のワルドだ。よろしく」 ワルドと名乗った男はグリフィンの背から颯爽と降りると、呆然としていたルイズに近寄り、その腕ですっと胸に抱き上げた。 「久しぶりだ、僕の小さなルイズ!」 「わっワルド様?!」 突然の抱擁にルイズは顔を真っ赤にして固まった。 「陛下のご依頼に感謝しなければならないな。婚約者と再会できる機会を与えてくれたのだから」 「そ、そんな…昔の話ですわ」 目を伏せ気味に答えるルイズにワルドは大仰に答えた。 「そんなことを言ってくれるなよルイズ!暫く会えなかったが、僕は君の事を片時も忘れた事はなかった」 あまりに熱っぽい言葉にルイズはますます頬を染めてしまう。 ワルドはそんなルイズをそっと地面におろし、二人のやり取りをぼんやりと見ていたギュスターヴに話しかけてきた。 「君がルイズの使い魔だそうだね。いつもルイズを守ってくれて礼を言うよ」 「……ああ…なんてことはない」 気さくに話しかけてきたワルドに、ギュスターヴは巧く受け答えしきれない。 ワルドはそんなギュスターヴを無視してルイズに聞かせる。 「殿下から預かりものがある。任務を進めるために必要なものだそうだ。もっているといい」 ワルドは懐を探って何かを手に取ると、ルイズの両手を取って握らせた。それはうっすらと桜色をした便箋に、古めかしい様式で装飾された 薄蒼の石の填められた指輪だった。便箋の方には、赤い蝋に王女の紋章の印で封がされている。 「では、時間も惜しいので出発しよう。使い魔君は早馬を飛ばしたまえ。僕が上空で先行するから見失わないように」 言うとワルドはやおらルイズを抱き上げてグリフィンに乗せると、手綱を引いてグリフィンを空へと導いた。 あまりの手際に声も上げなかったルイズだが、立ち呆けているギュスターヴに急いで声をかける。 「あ、あ、ギュスターヴ!遅れないようについてきなさいよ~!」 ギュスターヴの耳にルイズの声が空へと遠くなっていく。 つむじ風のように引っ掻き回していったワルドに唖然とするしかないギュスターヴの腰で、デルフがかちゃかちゃ言い出した。 「なんだかすっげーなあの男。おまけにお嬢ちゃんの婚約者だとさ」 「……まぁ、貴族の娘ならそんなのもあるだろうさ。…さて、見えなくなる前に出発するぞ」 馬が余ってしまうのだが、仕方が無いと一頭を門に繋いだまま、ギュスターヴは急いで馬を走らせ、上空のグリフィンの進行方向へ進んでいくのだった。 『ラ・ロシェールへ向けて…』 ギュスターヴ、ルイズ、そして現れたワルドら三人がトリステイン魔法学院を出発したほぼ同時刻。当座の目的地であるラ・ロシェールの町の一角に店を構える酒場 『金の酒樽亭』。20年前に店を構えて以来、立地条件から常連客の多くは傭兵や盗賊あがりなどのアウトローばかりで喧嘩も絶えないが、酒の質と量が 顧客の範囲を決めている節もある、そんな店である。 その日も朝から、いや、前日の晩からどんちゃん騒ぎをしながら酒をかっくらっている一団が店に陣取り、強い酒やら肴やらを食い散らかしながら 荒くれた男立ちが管を巻いている。 そんな店に、ふと見慣れない客が入ってきたな、と酒場の主人は出入り口からこちらに向かってくるものを認めた。 ローブを身に着けて、フードで陰になり顔は窺えないが、その両足には中々の装飾がされたブーツがきっちりと履かれている。 謎の客はカウンターの椅子に座ると、主人の前にとす、と小気味よい音を立てる皮袋を置いた。 主人がその袋の口をあけてみると、中には新金貨がぎっしりと詰まっている。 「お客さん、そんなに出されても困りますよ」 金回りのいい客は一見商売として旨みがあるが、荒くれ者を扱ってきた主人は一方で、なにやら危うい背景があるのではないかな、という勘繰りを持った。 客はカウンターに肘をついて答えた。その声は、女性。 「宿代も入ってるんだよ。部屋は空いてるかい?」 それも路地裏で立ちんぼしているようなうらぶれた女ではない。凛としたものが混じった、美女といえる類の声だ。 主人がその女と宿代の周りで交渉していると、角で酒を飲んでいた傭兵くずれの一団が女を囲むように集まってきた。 「お姉さん、ひとりでこんな店にはいっちゃ、いけねぇなぁ」 「危ない連中が多いからなぁ。怖かったら守ってやるぜぇ、ベッドの中までな、ギャハハハハ!」 酒臭い息を吐きながら、一団の一人が悪戯のようにフードを引っ張ると、その下から女の顔が覗く。 鼻筋の通った小顔、裏の世界を見てきた人間が持つ鋭い目をしている。髪は特徴的な、鮮やかな緑色。 女を知る者は彼女を『土くれのフーケ』と言う。 酒で調子づいている傭兵達は、それぞれに奇声を上げ口笛を吹いてフーケを見た。 「こいつぁべっぴんだ。見ろよこの綺麗な肌をよ」 品性の疑わしい声で一人がフーケの顎筋に手を伸ばすが、フーケは蝿を払うように手を振る。 「気安く触るんじゃないよ、蛆虫」 鬱陶しげに席を立つと、羊を追い込む獣のように男達がフーケを取り囲もうと動く。 やがて一人が手を伸ばしながらフーケに迫る。 「へっへっへ、怖がらなくても悪いようにはげへぇっ!」 フーケの肩に手を置こうとした男は、次の瞬間に何かに弾き飛ばされるように吹っ飛んでテーブルに頭から突っ込んだ。テーブルの上の瓶やグラスが床で砕ける。 驚いて一団が振り向くと、すっと長いフーケの足が、ちょうど吹っ飛んだ男の顎の高さまでピンと伸びていた。 フーケの足が男を蹴り飛ばしたのだった。 数拍して事態を把握した男達は、酒で濁りきった声でフーケに叫ぶ。 「このアマ!」 同時に男達はフーケを捕まえるべく手を伸ばすが、フーケの足はしなる鞭のように男達を強かに蹴り飛ばした。 「ぐへぇ!」 「ごはっ!」 「あぎぃ!」 酒場はあっという間に竜巻が出入りしたかの如き惨状を呈した。窓に首を突っ込んで伸びている者、椅子とテーブルの山に埋もれている者、ある者は 店の柱に叩きつけられてえびぞりで気絶している。酒場の主人は喧嘩程度はいつものことさ、という風情でのんきにグラスを磨いていた。 まだ息のある一人にフーケが近づいていくと、男は子供のようにブルブルと震えて慄いた。 「ま、まってくれぇ!俺達はもうなにもしねぇよぉ!」 「そんなに怖がることは無いだろう?私はあんた達を雇おうと思っただけさ」 冷ややかに笑うフーケの顔を怪訝な表情で男は見た。 「や、雇う?」 「そうさ。金なら、ホラ」 フーケはテーブルの一つに、カウンターで主人に渡したように金貨の入った袋を置く。 「一人新金貨で100ずつ渡しとくよ。その代わり後で私の命令に従ってもらうからね」 金の酒樽亭を後にしたフーケは、そのまま町の路地に入る。路地を進むと脱獄の時に姿を現した、仮面の男が待っていた。 「……お前さんの言った人数は集めたよ。これからどうするんだい?」 フーケは脱獄後、このラ・ロシェールまでつれてこられてから、脚の『準備』をしつつ、アルビオンからやってきた傭兵たちから情報を集めるように指示されていた。 しかし前日になって、今日は「傭兵たちを金で集めろ」と指示を受けたのだった。 仮面の男は地図を渡して話す。 「この印の付いたところに傭兵の半分を待機させて、そこを通った者を襲わせろ」 「残りの半分は?」 「保険だ。暫く伏せておけ」 「ふぅん…まぁいいさ。少なくとも、この『脚』の礼分は働いてやるよ」 カツカツと地面を踏み鳴らしてフーケは答えた。 ルイズ、ギュスターヴ、ワルドの一行は一路ラ・ロシェールへの道をひた走っていた。 「走る」といってもそれは馬に乗っているギュスターヴだけの話で、ワルドとルイズは悠々と空を飛ぶグリフィンの背である。 駅逓で馬を変えるたびに疲労の度合いを濃くしていくギュスターヴであるが、懸命に先行するグリフィンを追いかけていた。 ルイズはグリフィンの上から眼下を走る馬上のギュスターヴを心配した。 「ねぇワルド。あんまり急ぐとばててしまうわよ」 「僕とグリフィンなら大丈夫さ。これくらいの距離はなんでもない」 「そうじゃなくて、下でついてきてるギュスターヴのことよ」 「付いてこれないならおいていけばいいさ」 「彼は私の使い魔よ。放っておく事はできないわ」 そんなルイズの言葉を聞いて、どこか悲しげな目でワルドは見た。 「どうやら、あの使い魔君に心奪われたらしいね」 「そ、そんなわけじゃないわ!」 「本当かい?まだ僕のことを婚約者として見ていてくれているかい?」 「それは、その…あの頃はまだ、小さかったし…」 「僕は君のご実家の、ラ・ヴァリエールに見劣りしないものが欲しかった…」 ふと、ワルドの視線がどこか遠くを見ている。 「父も母も亡くなってしまってから、軍に入って出世して、君のご実家にも指差されず会いにいけるくらいになりたかった。 お陰で今は、近衛軍の精鋭の綱とりを任されている」 「出世したのね、ワルド。…でも、私はあの頃と同じ、魔法の使えないゼロのルイズよ」 そう答えたルイズを、ワルドは優しげに頭を撫でた。 「君は暫く会えなかったから、気分が落ち着かないだけさ。この旅はいい機会だ。ゆっくり、昔の気分を思い出すといいよ」 爽やかに笑いかけるワルドだが、ルイズはどこかそれを手離しで喜べない。 再び眼下、懸命についてくるギュスターヴを見るのだった。 馬上で汗を流しながら、ギュスターヴは懸命に馬を操って大地を進んでいた。かろうじて街道らしき道筋を通っている事は判ったし、場所場所で立て札の類を見たり、 上空のグリフィンの向いている方角を確認して進む。 黙々と手綱を引いていたギュスターヴに、デルフが話しかけてくる。 「相棒、大丈夫かい?」 「まだ馬に慣れきってないからな。後が怖いな」 鍛錬を重ねたとはいえ、齢49の身体である。酷使すれば若者のようには行かない時もある。 「お嬢ちゃんとワルドって奴、上で何話してんだろーな」 上空のグリフィンをギュスターヴは見た。否、グリフィンにまたがる二人を、ルイズに寄り添うようにするワルドを、その眼で見た。 「さぁな。ただ」 「ただ?」 グリフィンを確認してから、ギュスターヴは手綱を繰って街道を走る。その表情は、苦虫を噛み潰したような渋みを含んで。 「あの若造、何か隠しているような気がするな」 場所場所の駅逓で馬を乗り換えること、3度。時間も迫って夕暮れが近い。それだのに四方は川もなく、むしろ丘陵を登っている事にギュスターヴは疑問を抱いた。 「なんでこんな山間にはいるんだ?船に乗るんだろう…?」 船に乗るなら港に行くものだ。しかし山に入っていって港に出るというのはギュスターヴには理解できない。薄暮の空に影を射し始めたグリフィンを見て、ほのかに 嘆息する。 「付き添わせるならもう少し詳しい指示を出してくれよ。ルイズ…」 山間の道を辿って行くギュスターヴ。起伏が激しく、木々も茂る中を進んでいると、どこからか複数の松明がギュスターヴの乗る馬の前に投げ込まれた。 「何だっ?!」 火は生草の上でちろちろと燃えるのみだった。しかし次の瞬間、ギュスターヴの馬目掛けて無数の矢が打ち込まれてきた。 その内に尻に一本の矢が刺さり馬が暴れて立ち上がろうとするのを強引に押しとどめたギュスターヴは急いで手近な木の陰に寄って下馬し、 手綱を木に結んで身を隠した。 「夜盗か…?」 と、上空を見ると木の陰に暗い空を飛ぶグリフィンが、先ほどよりもずっと小さく見えた。 「あの二人、気付いてないのか…?」 そうしている間も松明の火を頼りにした謎の弓撃はギュスターヴを囲むように飛び、馬の肌を掠めると錯乱した鳴き声を上げている。 デルフを抜いてギュスターヴは夜盗と思わしき集団に対峙すべく動き出した。 「相棒、嬢ちゃん達に置いてかれちまったぜ?どうするのよ」 「今更引き返すわけも無い。ここを突破して追いかけるぞ」 これ以上馬が傷つくのを避ける為にあえて影から飛ぶと、矢もギュスターヴを追うように飛んでくる。木や岩の陰に隠れながら自らを射掛ける者がどこに 潜んでいるのかをギュスターヴは探していた。矢の飛んでくる間隔を覚えながら移動すると、薄暗い林の中に弓を番えてこちらを見ている集団を認めた。 「あそこだな…」 確認するとデルフを地面に刺し、帯巻きにしているナイフを一本、『左手』に握った。 (ガンダールヴというのが身体能力を高めるのならば…) 呼吸を整え、体から闘争心を引き出す。そして静かに眼を瞑った。 この時ギュスターヴは単にそうするだけではなく、聞こえる音に神経を注いだ。ガンダールヴが武器を握って心を震わす時、体から引き出す力は 筋力だけではないということにギュスターヴは気付いていた。肌に触れる風、聞こえる音、匂い、眼に入る光すらも平時よりも肉体は敏感に捉える事ができるのだった。 そしてギュスターヴの聴覚にははっきりと聞こえたのだ。弓に張られた弦が空気を切る音、飛翔する矢羽の欠けが風を裂く音、木の幹に鏃が刺さるわずかな音も 聞き漏らさなかった。 活目し、身を乗り出したギュスターヴ。音に聞こえた場所を注視した。薄暮の空、目が捉える光が少ない時間において、ギュスターヴの眼には陽光の下と大差なく、 鮮明に夜盗の弓構える姿を写していた。 「そこだっ!」 ナイフを握る左手のルーンが光る。ギュスターヴは引き出された身体能力を駆使してナイフを投げた。 手を離れたナイフは空を回転しながら飛び、寸分の狂い無く夜盗の喉にその刃を滑り込ませた。ナイフが突き刺さった一人の夜盗が、喉を抑えるように呻いて倒れる。 ギュスターヴはすぐまた身を影に隠した。 「やるじゃねーか相棒」 地面に刺さったままのデルフが話す。 「ああ。でもナイフも無限にあるわけじゃない。これだけで切り抜けられるかな…」 反撃を受けると思わなかったのだろう夜盗は矢掛けるのを止めたが、多勢を貨って再び矢を打ち込んでくる。今度は脂を含ませた火矢を混じらせて飛ばし、 辺りの草木に突き刺さるとそこから徐々に燃え始める。 「ちょ、まじやべーぜ相棒!辺りが燃え始めてるぜ」 「しかし今飛び出せば矢に当たるだけだ…くそ!」 夜盗は一心不乱に矢掛けてくる。仲間がやられてあせっているのかもしれない。 ギュスターヴの周りを火矢の炎が広がって炙り始めようとしていた。 と、その時。『真上』からギュスターヴの周囲に降り注ぐ『氷の槍』。燃えかけていた草木で溶けると火を消していった。 同時に、物陰から矢掛けていたはずの夜盗から悲鳴が上がる。 「りゅ、竜だぁ!」 「メイジが乗ってるぞ!」 「火の玉がとんでくるぅ!」 悲鳴を上げながら夜盗の声が散って遠くなっていく。ギュスターヴが見上げると、学院の生活で見慣れた竜に、顔なじみの少女が二人乗っていた。 「ハァイ?ミスタ」 「キュルケ!タバサ!」 矢を受けて傷ついた馬はシルフィードが咥え、ギュスターヴはシルフィードの背中を借りてラ・ロシェールを目指すこととなった。 どうしてここへ、と問うギュスターヴに対して、 「ミスタとルイズが気になっちゃって、ね?」 ふられたタバサは頷く。背中には、あの飾ったようなレイピアが背負われている。 「それも持ってきたのか」 「何かに使えるかもと思って。それに出先でも修行ができるでしょ?」 大人用のレイピアを背負うと、タバサに舞台をひしめく人形のような、ある種の滑稽さを作っている。 「それにしても、使い魔を置いていくなんてルイズも薄情ね」 「いや、ルイズは気付いていなかった。夜盗が襲ったのは地上を移動していた俺だけだった」 「そのワルドっていう人、本当に護衛なのかしら?」 キュルケは見知らぬワルドの姿を想像しようとした。 「さてな。王女から預かり物を持ってきたところや、先日の王女がやってきた時に護衛をやってきたあたりから、それなりに腕の立つ、 それで高官や王女に覚えがある軍人なのだろうとは思う」 シルフィードの翼が風を切る中、三人は答え無き考えの中に泳ぐ。 「……ひとまず、ラ・ロシェールという町まで行ってルイズと合流しよう。話はそれからだ」 「そうね。飛ばして頂戴、タバサ」 頷いて、タバサはシルフィードの首を叩く。 一鳴きしたシルフィードは、薄暗くなりつつある空を飛んでゆくのだった。 前ページ次ページ鋼の使い魔
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前ページ次ページサイヤの使い魔 トリステイン魔法学院、朝。 コルベールは、次から次へと涌き出る疑問のせいで一睡もできぬまま朝を迎えた。 ミス・ヴァリエールの説明によると、彼女の使い魔は幽霊なのだそうだ。 しかし、一度死んだ人間が、使い魔になどなれるのだろうか? いや、それ以前の問題として、人間がメイジの使い魔になった話など聞いたことも無い。 それで、あの騒ぎの後からずっと図書室に篭り、過去に似たような事例は無かっただろうかと、文献をあれこれと調べていたのだ。 結果、それらしき事例は全く無し。 だが… 「ガンダールヴ!?」 …予想だにしなかったところから手がかりが現れた。 あの使い魔の左手に刻まれた見慣れない紋章。 それは紛れも無く、始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』の紋章に瓜二つだった。 ということは、まさか― 「あのお方は、あああのお方こそ『ガンダールヴ』の幽霊!!」 理屈は通らないが筋は通る。 失われた系統『虚無』の使い手であるブリミルの使い魔だったのだ、きっと死んだ後も幽霊となって別のメイジと契約できるような魔法があったのだろう。 ジャン・コルベール、42歳。 この新たな発見に年概も無くハッスルしていた。今なら女性の一人や二人、軽くナンパできそうな勢いである。 一刻も早くオールド・オスマンにこの事を伝えなければ。 浮力を発見した時のアルキメデスに勝るとも劣らない興奮で足をもつれさせながら、図書館のドアの前へ辿りつく。 と、コルベールは図書館の扉がしっかりと閉ざされているのに気付いた。 昨夜、閉館時刻を過ぎても一向に帰る気配の無いコルベールにあれこれ苦言を呈していた司書が最後には堪忍袋の緒を切れさせ、 抗議のつもりか、自分以外には開けられないよう扉に厳重な『ロック』の魔法をかけておいたのだ。 押してもダメ引いてもダメ、ダメ元で本来は校則により禁止されている『アンロック』の魔法をこっそりかけてもやっぱダメ。 ダメダメ尽くしで文字通り八方塞がりの状況にコルベールは凹んだ。 あの司書、けっこう好みのタイプだったのに…。 悩むべきはそこじゃない。 ところ変わってルイズの部屋。 悟空は空を舞う飛竜の鳴き声で目を覚ました。 かつて、息子の悟飯がハイヤードラゴンをペットにしていた頃も、こうやって朝は目覚し時計代わりになってくれたっけ。 そんなことをどこか懐かしく思い出しつつ、ベッドの上でくーすか寝ているルイズに目を向ける。 「起こせって言われたのはいいけど、どうやって起こすかな…」 とりあえず肩を揺する。 「ルイズ、起きろ。朝だぞ」 「…ん。う~……」 効果無し。 頬をぺちぺちと叩く。 これも駄目。 「…しょーがねーなー…」 少々荒っぽいが、これで行くか。 悟空はベッドの両端をぽんと叩いた。 反動でルイズの身体が40サントほど飛びあがる。 「にゃぶっ!?」 落下の衝撃で、ようやくルイズは目覚めた。 何が起こったのかわからぬまま、きょろきょろとあたりを身回し、ベッドの縁にしゃがんでこちらを見る悟空に気がついた。 「誰よあんた!」 まだ寝ぼけている。 「オッス、オラ悟空」 律儀に自己紹介。 「ああ…使い魔ね。昨日、召喚したんだっけ」 ルイズは起き上がると、あくびをした。そして悟空に命じる。 「服」 「脱がすのか?」 「着せるのよ」 「もう着てるじゃねえか」 ルイズは自分の身体を見下ろし、そして昨夜のやりとりを思い出した。 「…しまった」 着たまま寝たので皺になっている。このまま下着だけ履き替えて授業に出ることは可能だが、貴族たるもの、常に 身だしなみは整えておかねばなるまい。 だるそうに脱ぎ、それを悟空の方へ放る。 「んじゃこれ洗濯する分。あとあっちのクローゼットに下着と替えの服が入ってるから持ってきなさい」 しょっちゅう魔法の失敗で服がボロボロになるので、替えの制服は常に確保している。 悟空は言われた通りにクローゼットから下着や服を出した。昨日ルイズの記憶を読んだので、何処に何があるかは大体把握している。 「ほれ」 ルイズの方へ放る。 ルイズは下着は自分で着けたが、制服は着ない。 「着せなさい」 「使い魔ってのはそういうのもするんか」 「そうよ」 この世界における一般常識がルイズから得た知識しかない悟空、素直に納得。 特に文句も言わず、妙に手馴れた手つきでルイズに服を着せる悟空にルイズが口を開く。 「やけに素直ね」 「考えたんだけどよ、この星にも強えヤツはいるんだろ?」 「いるわよ」 「そんでもって、おめえの家って結構有名なんだろ?」 「まあね」 まあね、どころではない。 ルイズの実家はかの名門ヴァリエール家である。 「それがどうだっていうのよ」 「だったらよ、おめえと一緒にいればそのうち強えヤツと戦えるんじゃねえかと思ってさ」 「あんた幽霊でしょ」 「確かに死んでっけどよ、あの世でも修行できるようにって、特別に肉体つけてもらったんだ」 「な……」 ルイズは眩暈を覚えたが、その説明にふと思い当たる節があった。 いつだったか図書館で読んだ、戦死した勇士を向かい入れる天上の宮殿と、そこで飽くなき戦いを続ける戦士達の話。 今目の前にいる男はまるでそれに登場する戦士だ。 だったら死んでも肉体があることの説明がつく。 だとしたら、もしやこいつはただの平民ではなく… 「ほれ、終わったぞ」 ルイズに服を着せ終えた悟空が立ち上がり、脱ぎ捨てられた服を拾い集める。 と、悟空の腹から竜の唸り声のような音が漏れた。 「なに今の音!?」 「オラ、ハラ減った…」 力の抜けた声で悟空が訴える。本当は死人なので食事は採ろうが採るまいがあまり関係ないのだが、死んで日が浅い悟空の身体は、 生前の生理機能を色濃く残していた。 あの世でも珍しい、ハングリーな死人である。 あんたお腹減るの? とルイズは思わず声に出しかけたが、肉体があるのだからそんなこともあるのかもしれない、と思い直し、 それ以上は追求しなかった。 「朝食の時間はまだ先よ。それまでにそいつを洗濯して、私が顔を洗う水を汲んで来なさい」 「どうすっかな…」 ルイズの部屋を出てしばらく歩きまわった悟空は、道に迷っていた。 学院の何処に行けば洗濯場があるかは知っていたが、何処をどう通ったらそこに辿り着けるかが判らない。 自分では洗濯などしたことも無く、悟空が来るまでは各部屋を巡回するメイドに任せていたルイズの知識だけでは、 部屋から洗濯場までの直通ルートが入ってこなかったのだ。 とりあえず屋外にある事は判っているので、何とか校舎の出口を探そうと探索する。 途中、食堂の前を通りがかった悟空は、中から漂う美味しそうな匂いに惹かれてフラフラと迷い込んでいった。 「すんませーん」 厨房で生徒に出す朝食の準備をしていたシエスタは、聞き慣れない声を聞きふと顔を上げた。 見覚えの無い服を着た平民が、制服を抱えて食堂内を歩き回っている。 「どうなさいました?」 厨房から出て声をかけると、平民の頭に白い輪が浮いているのに気付いた。 確かミス・ヴァリエールが、天使を召喚したって噂になったっけ。 よく見ると、確かに左手の甲にルーンが刻まれている。 「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったって言う…」 「オラの事知ってんのか?」 「ええ。なんでも、召喚の魔法で天使を呼んでしまったって。噂になってますわ」 悟空の屈託の無さに、思わずシエスタはにっこりと笑った。 天使のはずなのに、まるで平民と変わらない人懐っこさだ。それにこの人はどことなく、懐かしい感じがする。 「おめえも魔法使い…じゃねえな。おめえがシエスタってヤツか」 「私をご存知なのですか?」 「ルイズに教えてもらったんだ」 記憶を読むのは、悟空にとって教えてもらうと言う事らしい。 「そうなのですか…。あの、もし宜しければお名前を教えていただけますか?」 「オラ悟空。孫悟空だ」 「変わったお名前ですね」 その時、悟空のお腹が鳴った。 「お腹が空いてるんですね」 「ああ。あとこいつを洗濯しねえといけねえんだ」 といって、両腕に抱えたルイズの制服をひょいと持ち上げる。 「それはミス・ヴァリエールの?」 「何でも、主人の服を洗濯するのも使い魔の仕事なんだってよ」 それを聞いたシエスタはくすくすと上品に笑った。 「そんなわけないじゃありませんか」 「違うのか?」 「だって、普通は私達平民が貴族の方々をお世話するんです。洗濯だって私達の仕事のうちなんですよ」 「へえ」 「きっと、貴方みたいな人が使い魔になったので、やらせてみようと思ったのでしょうね」 あながち間違ってもいないシエスタ。 「宜しければ、私が後で洗濯しておきましょうか? いつもやっている事ですし。それと、もう少しお待ち頂ければお食事も ご用意できますが」 「ホントか? サンキュー!」 「貴族の方々にお出しする料理の余りもので作る賄い食ですが、それで良ければ」 「オラ食えるもんなら何だっていいぞ!」 「では、こちらにいらして下さい」 シエスタは歩き出した。 洗濯物を抱えたまま、シエスタについて行く悟空。 文字通り美味しい話を前にして、ルイズが言った2つめの命令「顔を洗う水を汲んで来なさい」をあっさり忘れている。 さすがだ。 「遅い」 悟空が外を出てからどのくらい経っただろう。 あまりにも遅い帰りにイラついていたルイズは、使い魔に洗濯場への道筋など教えていない事をこれっぽっちも自覚していなかった。 「まったく、朝食の時間になっちゃうじゃない!」 あとでお仕置きしてやる。 そう心に誓い、ルイズは自室のドアを開けた。 部屋を出た瞬間、時を同じくして部屋を出たキュルケにばったり遭遇する。 「あら」 「げ」 二人の声がハモる。 キュルケはルイズを見ると、胡散臭そうに顔を歪めた。 「…おはよう、ルイズ」 ルイズも顔をしかめ、嫌そうに挨拶を返す。 「…おはよう、キュルケ」 「あの使い魔は?」 「…えっと」 ルイズは言葉に詰まった。 まさか「服の洗濯を命じたけど、帰って来ない」という訳にもいかない。 そんな事を言ったら「なあに、貴女早速使い魔に逃げられたの~?」と馬鹿にされるに決まってる。 「何?」 「…校舎の散策を命じたわ。そのうち帰って来るわよ」 「ふーん…。…ねえ、あいつ何だと思う?」 「何って?」 「平民かと思ったら天使だし、天使かと思ったら幽霊だし、だいいち幽霊って頭に輪っか付いてたっけ?」 「知らないわよ」 キュルケが知っているのは、夜毎鎖やら何やらをジャラジャラと鳴らして徘徊する賑やかな奴だけだ。 「第一、平民なのあれ?」 「だから知らないって」 「少なくとも貴族には見えないわよねえ」 「独り言なら一人の時に言いなさいよ」 「それにしても『サモン・サーヴァント』で平民の幽霊喚んじゃうなんて、貴女らしいわねえ。流石はゼロのルイズ」 「うるさいわね」 「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」 流石というか、もういつもの調子を取り戻している。 「あっそ」 「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」 キュルケは、勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。キュルケの部屋からのっそりと、彼女ご自慢のサラマンダーが姿を表す。 大きさは、トラほどもあるだろうか。尻尾が燃え盛る炎で出来ていた。口元からは時おりチロチロと火炎がほとばしる。 どこぞの金持ちのボンボンが名前だけ借りて造った98式AVのパチモンとは大違いだ。 「見てこの尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違い無く火竜山脈のサラマンダーよ? ブランドものよー。 好事家に見せたら値段なんかつかないわよ? ってあれぇ!?」 いつの間にか、ルイズの姿が無い。 キュルケがフレイムを自慢している間に、ひとりでさっさと食堂に行ってしまったのだった。 「あ…あたしを無視するなんてイイ度胸だわ、ゼロのルイズ…!」 微熱が憤怒の炎へと変わる。生きる事への憤怒だ。 覚えてなさい、と吐き捨てて、キュルケも食堂に向かう。 朝食を食べている間、ルイズはずっと不機嫌だった。 足元には使い魔に利用させる予定だった皿が置いてある。 本来、使い魔が食堂で生徒に混じって食事を採る事など有り得ないのだが、別に校則で禁じられている訳でもないので、 ルイズは自分に使い魔が出来たら是非やってみようと思っていたのだ。 それがどうだろう。 いざ呼び出してみれば、現れたのは何処の馬の骨ともつかぬ平民。 おまけに何の冗談か、生身の幽霊ときたもんだ。 それだけならいざ知らず、肝心の朝食の時間に自分の傍にいやしない。 負のオーラを漂わせながら、ルイズは食事と怒りを噛み締めていた。 一方そのころ、厨房では。 「うんめー! オラこんなうめぇシチュー食ったの初めてだ!!」 悟空が超ハイペースで、巨大な寸胴鍋になみなみと用意された賄い食を胃袋に収めていく。 厨房で働いている人員全員分の賄いを用意してから食事が始まったのは不幸中の幸いだった。 そうでなければ、彼らの分もあっという間に悟空が食い尽くしていた事だろう。 まるで胃袋にオークを2、3匹飼っているのではないかと錯覚させる食いっ振りに唖然とする厨房の面々。 そんな中、幸せそうな顔で次々と悟空におかわりを注ぐシエスタ。 その後ろで、こちらも惚れ惚れと悟空を見つめる当厨房のコック長、マルトー。 「おう、どんどん食え! いやあそれにしても見事な食いっ振りだ! 正直今日はちと多めに作り過ぎたくらいだったんだが、あんたがいて助かったぜ!」 この人は悟空がいなかったら余った賄い食をどうするつもりだったのか。 ニコニコと心からの笑顔を浮かべながらシエスタも同調する。 「私、こんなに幸せそうにご飯食べる人初めて見ました」 「全く貴族のアホウ共は素材からほんのちょっぴりずつしか取れない高級な部分しか食いたがらねえから、毎度毎度 処分しなきゃなんねえ食材が多くてウンザリしてたんだ!」 賄いで少しでも無駄が出ないよう残った材料を最大限に生かした料理を作っているのだが、それでも大部分の食材は捨てなければならない。 これを作るのにいったいどれだけの平民が汗水たらして頑張っているのかと、マルトーは憤懣やるかたない思いだったのだ。 「ちょ、ちょっとそれじゃまるでゴクウさんが生ゴミ処理してるみたいじゃないですか!」 「オラ別に気にしてねえぞ」 そんな事を言っている間に、とうとう大鍋が空になった。 「おかわり!」 シエスタの笑顔がひきつる。 今、何と言った? 今、何杯目だ? 今、この厨房にシチュー残ってたっけ? ゆっくりと背後のマルトーを振り返り見る。 冷や汗を顔に貼りつけ、真面目な顔でぶんぶんと首を横に振るコック長。 「あ、あの…もう今ので全部です……」 「あ、そう?」 続く言葉に、 「ま、いいか。腹八分目っていうしな」 悟空を除く厨房の全員がズッこけた。 しかし、 (よ、余裕じゃねえか……。よぉし見てろ、昼飯の時は余った食材をひとつ残らず使って食い切れないくらい用意してやるぜ!!) マルトーの料理人魂に、火が点いた。 「あんた、洗濯はどうしたのよー!!」 朝食の後、食堂で悟空と再会したルイズは開口一番詰問した。 悟空の手には何も無い。 厨房でシエスタにルイズの服を預けてきたのだ。 「シエスタって奴がよ、洗濯やってくれるっつうから預けてきた」 「わたしは、あんたにやれと命令したのよ!」 「そりゃそうだけどよ…悪かったな、次からちゃんとオラが自分でやっからよ」 「やる」と言った以上、やらなきゃいけない気がした。 後に、ルイズはそれを後悔する事になる。 前ページ次ページサイヤの使い魔
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【作品名】ゼロの使い魔 〜双月の騎士〜 OP 【曲名】I SAY YES 【歌手】Ichiko 【ジャンル】アニメ 【価格】¥200 □■iTMS■□ 【作品名】ゼロの使い魔 〜双月の騎士〜 ED 【曲名】スキ?キライ!?スキ!!! 【歌手】ルイズ(CV 釘宮理恵) 【ジャンル】アニメ 【価格】¥200 □■iTMS■□ 【アルバム名】ゼロの使い魔 〜双月の騎士〜 キャラクターCD1 ルイズ 【歌手】ルイズ(CV 釘宮理恵) 【ジャンル】アニメ 【価格】¥200(*パーシャルアルバム) □■iTMS■□ 【アルバム名】ゼロの使い魔 〜双月の騎士〜 キャラクターCD2 アンリエッタ 【歌手】アンリエッタ(CV 川澄綾子) 【ジャンル】アニメ 【価格】¥200(*パーシャルアルバム) □■iTMS■□ 【アルバム名】ゼロの使い魔 〜双月の騎士〜 キャラクターCD3 シエスタ 【歌手】シエスタ(CV 堀江由衣) 【ジャンル】アニメ 【価格】¥200(*パーシャルアルバム) □■iTMS■□ 【作品名】ゼロの使い魔 〜双月の騎士〜 キャラクターCD4 エレオノール カトレア 【歌手】エレオノール(CV 井上喜久子) カトレア(CV 山川琴美) 【ジャンル】アニメ 【価格】¥200(*パーシャルアルバム) □■iTMS■□ 【詳細】各キャラクターCDは1曲のみ収録
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貴族派の軍が混乱している隙をつき、シルフィードが包囲網を猛スピードで抜けていく。 数発魔法や飛び道具が飛んでくるが、あらぬ方向へ飛んで行くだけであった。 「とりあえず前線は抜けたようね」 キュルケの呟きにタバサが返答する。 「油断禁物」 「そうね、後ろに控えてる部隊もいるでしょうしね…ね、ねえ…心なしかスピード落ちてない?」 「過重なのに飛ばしすぎた」 前方の貴族派の軍がこちらを見上げている。 味方ではないと感づき、竜騎士が二体あがってくる。 ルイズが叫ぶ。 「どうすんのよーッ!この竜のブレスで片づけられるのーッ!?」 「私の風竜は吐けない」 「じゃあ、タバサの魔法は?」 「精神力切れ」 ルイズは振り向いてキュルケ達を見る。 「私も種切れよ」 「僕もさ」 ギーシュは肩をすくめる。 「ダービーさんはなにか持ってないの?もうこの際なんでもいいわよ」 「嬉しいことに完売御礼でね、弁当でもぶつけてみますか?」 ルイズはため息をつく。 「どうすんのよ」 ワムウが立ち上がってタバサになにごとか話しかける。 「スピードをできるだけ落とさず上昇しろ」 タバサは黙って頷き、シルフィードを三十度ほど傾ける。 「ちょっと、急になにするのよ!」 かなりの傾斜になり、滑り落ちそうになったルイズがわめく。 かなり高くあがったためメイジの魔法が届かなくなる。 そのため隊の上空を滞空していた敵の竜騎士がこちらに向かって上昇してくる。 「どうすんのよワムウ!かなり高空に来たからスピードが更に落ち…」 ワムウはシルフィードの背から落ちた。 空中でスレッジハンマーを構え、不幸にも真下にいた竜騎士の騎手に振り降ろす。 嫌な音を立て、騎手は竜から落ちていく。 もう一人の騎士はあまりの出来事にぽかんと口を開けるが、はっとして竜を操り、ワムウに向かってくる。 高速でブレのない軌道であっというまにワムウの背後につく。 射程距離に入り、ブレスを吐いた瞬間、ワムウはいきなり急上昇した。 普通の竜騎士はせいぜいベルトで固定しているくらいで、背面飛行などとてもではないが不可能だ。 しかし、ワムウは普通の竜騎士でも、普通ではない人間でもなかった。 竜の体に潜行しているため、どんな状態からでも落ちることはない。 ブレスをかわせる大きさの逆宙返りを華麗に決め、背後からブレスを放つ。 ブレスのために喉の袋の燃料に引火し、燃え上がっている竜は、焼け爛れ叫び声をあげる騎手ごと落下していった。 竜に乗ったワムウがシルフィードの横にあがってくる。 「最も重かった俺も降りただろう、このスピードを維持できるか」 「やる」 タバサが短い返事とともに頷き返すと、ワムウは高度を下げ、次々とあがってくる他の竜騎士を落としにかかった。 アルビオンを抜け、スピードの遅い火竜から再度シルフィードに乗り換えたワムウ。 「騎馬戦はやったが騎竜戦は初めてだったが…どうだ、レッドバロンも真っ青だっただろう」 「なによ、レッドバロンって」 ルイズたちも、戦場を抜け、いくぶんか気を楽にしている。 ギーシュが笑う。 「レッドバロンはわからないが、レッドコメットにも匹敵するね」 「どっちもわかんないわよ」 ルイズが口を尖らして言う。 「やれやれ、あの赤い彗星を知らないなん…」 「曲がる」 タバサが呟くと同時にシルフィードの体が大きく傾き、数人体勢を崩す。 「きゃああ、落ちるーッ!」 「ぐあッ!」 落ちそうになったルイズはギーシュを思いっきり蹴り飛ばし、なんとか竜の体にしがみつく。 「ぼ、僕を踏み台にした!?」 いきなりの揺れと蹴りが同時に来たギーシュは無様にも落下していった。 「いいのか、助けなくて」 「ギーシュならレビテーションで着地するし、そういえばラ・ロシェールに私たちの馬を 置いたままだったわね…ギーシュ、私の馬もお願いね」 落とした張本人のルイズは、とくに気に留める様子もなく、下に叫ぶが返事はなかった。 一悶着二悶着ありながらも、宮廷に到着しアンリエッタの部屋に二人は通される。 「……そうですか、ウェールズ様はやはり父王に殉じたのですね…… それで、ワルド子爵はどちらに?…もしかして、敵の手にかかって…」 ルイズはいいにくそうに俯く。 「姫さま、ワルド子爵は……裏切り者でした…ウェールズ皇太子様は、奴の手にかかって……」 「なんですって…」 アンリエッタは愕然とし、わなわなと震える。 「姫様…」 ルイズが心境を察してか、辛そうな顔をする。 「ゆ……」 「…?」 ガタンとアンリエッタが顔を上げる。 「許しません…絶対に許しませんよ売国奴め!じわじわとなぶり殺しにしてやるわ! トリステイン総力をあげて新アルビオン兵一人たりとも逃がさないと誓うわ!覚悟しなさい! 即刻アルビオンを奪還します!竜騎士第一連隊長カンダ及び第二連隊長クリハラ、 メイジ第一連隊長ギルガメッシュに伝えなさい、命令は見敵必殺、以上よ! 不運なアルビオン人たちをレコン・キスタとやらの手から解放してあげなさい!」 そういって、机を叩く。 「ひ、姫さま……」 ルイズはあまりの豹変ぶりにオロオロとする。 「姫さまはあまりの出来事に錯乱しておられるのです、私が説得しておきますので、 皆様はどうかそっとしてあげてください」 マザリーニがそう言って、部屋をでるのを促すので二人はそれに従った。 「よくこの国はいままでもっていたな」 「あんた、宮廷内で不敬すぎるわよ。いつもの姫さまとは全然様子が違ったもの。そりゃ愛する…… 従兄が自分の任命した裏切り者に殺されたとなれば…誰だって錯乱くらいしかねないわよ」 「ふむ、人間とはそういうものか」 「私もまだよくわからないけどね」 待合室に二人は戻る。数十分たつとアンリエッタとマザリーニがやってくる。 「姫さまは大丈夫ですか?」 「ええ、紫電改のタカを読ませて教育しましたから」 キュルケが呟く。 「ずいぶん偏った政治教育してるのね、トリステイン王家は」 「ちょっとキュルケ、トリステインを馬鹿にしないでよ」 「別に馬鹿にはしてないわよ、あんたこそ一々つっかかりすぎなのよ」 「なによ、あんたみたいな野蛮なゲルマニア人に口出しされるほどトリステインは落ちぶれてないわ」 険悪な雰囲気になりそうなところを、ダービーが咳で遮る。 「そういえば、レンタルしてたハンマーと後払い分のお金を貰ってませんでしたな」 「ああ、そうだったわね…ワムウ、あのハンマー返しなさい」 「うむ、ない」 「ああそう…ってえええええ!どこやったのよ、あれ!」 ルイズがキッとワムウを睨む。 「竜に潜行する際にどこかで放したようだ、運がよければ貴族派の頭上にでも落ちたかもしれんな」 「なにが運がいいよ!どうするのよ!」 「ならば、買い上げて貰うということで」 ダービーが口をはさむ。 「しょうがないわね、いくらなの」 「六百エキューです」 「ああ、わかったわ…ってちょっと待てええええええッ!なによその価格!家が買えるわよ! ヴァリエール家の三女をボッたくろうっての!?」 「とんでもございません、あれは非常に精密にできているのに、文字通り落ちていた物で、再現することは 不可能なんですよ。あれは芸術品といっても過言ではありません、オーパーツなどといった可能性を考慮すれば 六百エキューは非常にリーズナブル、良心的価格でございます」 ルイズは唇を噛む。 すると、アンリエッタがなにか気付く。 「あら、ルイズ、服の内側になにかはいっているようだけど…」 「そうでした姫さま!その…ウェールズ皇太子様が、アンリエッタさまに渡してくれ、と預かった物です」 そういって、ルイズは風のルビーを渡す。 「ウェールズ様が、わたくしに…」 そう言って、風のルビーを指にはめる。 アンリエッタはルイズを見据え、決心したように言った。 「わかりました、この指輪、六百エキューで買い取りますわ、あなたはそれで彼に代金を払って差し上げなさい」 「そ、そんな姫さま、そんなわけにはいきません!」 「忠誠には報いなければいけません、彼に六百エキュー渡せばいいのですね、彼には払っておきますので 皆様はどうぞ学園にお戻りくださいませ」 「姫さまの婚姻も発表されるし、ほんと激動の数日間だったわね…」 教室でルイズはため息をつく。 「ほんと、私たちもあんな泥仕合に参加する羽目になるとは思わなかったわよ」 キュルケがあくびをしながら言う。 「おい、そこ!口でクソたれる前と後にサーと言え!分かったかウジ虫!」 おしゃべりに気付いたギトーに注意される。 「私たちいない間になんに影響されたのよ、あの先生」 「黒騎士物語でも部屋においとけば来週には変わるんじゃないか?」 ギーシュが口を挟む。 「なんであんたそんなもの持ってんのよ」 「源文先生は全ての男の英雄だからね」 白い歯を見せて笑う。 「初めてきいたわよ、そんなの」 キュルケが気だるげに言うと、ギトーにまたもや見つかる。 「そこ!次喋ったらじっくりかわいがってやる!泣いたり笑ったり出来なくしてやる!」 「はいはい、わかりましたよ先生」 キュルケが不機嫌そうに言う。 「はいではなくサーだ!そして先生ではない、教官と呼べ」 「イエスサー教官」 「それでいい」 満足げにギトーは黒板に戻る。 授業のベルが鳴る。 「授業は終了だ!分かったか豚娘ども!」 と言い残してギトーは教室を出ていった。 キュルケがルイズに話しかける。 「前から思ってたけど、あの先生とびきりのバカね」 「気付くのが遅すぎるわよ」 数分後、次の授業の担任であるコルベールが珍妙な物を抱えて教室にはいってくる。 「それはなんですか、先生」 ルイズが質問をする。 コルベールがしたり顔になる。 「ふふ、よくぞ聞いてくれました。その前に皆さん、『火』系統の特徴を、誰かこの私に開帳してくれないかね?」 視線が校内でも有数の『火』のメイジであるキュルケに注がれるので、しかたなくめんどくさそうに答える。 「情熱と破壊が『火』の本懐ですわ」 「そうとも!」 コルベールはにっこりと笑う。 「しかし、情熱はともかく『火』の司る物が破壊だけでは寂しいと私は常々思っていましてね、 『火』とは文明の象徴!使いようによっては色々と楽しいことができるのです。いいかね、 ミス・ツェルプストー、戦いだけが『火』の見せ場ではありませんよ」 「トリステインの貴族に『火』の講釈を承る道理はありませんわ! ……それで、その妙なからくりはなんですの?」 コルベールは少々気色の悪い笑みを浮かべる。 「うふ、うふふふ、そう、これこそが私の傑作品、愉快なヘビくん試作八号、油と火の魔法を使って 動力を得る、私の発明品ですぞ!」 生徒から質問があがる。 「七号まではどうしたんですか、先生」 「発明に失敗はつきものなのですよ、諸君」 ばつの悪そうに顔をしかめたが、すぐに笑みを浮かべる。 「まあ、ご覧なさい!まず、この『ふいご』で油を気化させる」 コルベールはふいごを踏む。 「すると、この円筒の中に気化した油が流れ込むのですぞ」 円筒の横に開いた小さな穴に杖を差し込み、呪文を唱える。 すると、円筒の中から発火音が聞こえ、それが気化した油に引火し爆発音に変わる。 そして、円筒の上のクランクが動きだすことによって、車輪が回転し、箱についた扉が開く。 そこからギアを介してピョコピョコとおもちゃのヘビが顔を出す。 「どうですか、皆さん!この円筒の中の爆発によって上下にピストンが動いておりますぞ! これによって車輪が回る!するとほら!中から可愛いヘビくんが顔を出してご挨拶!面白いですぞ!」 教室が静まる。生徒は皆、なにが面白いのだろう、と言いたげな冷めた顔でみている。 「それで、それが何の役に立ちますの?」 キュルケが感想を述べる。 「えー、今は愉快なヘビくんが顔を出すだけですが、たとえばこれを荷車に乗せて車輪を回させる。すると 馬がいなくとも荷車が動くのですぞ!ゆくゆくは、サイボーグに搭載して舌で操作する加速装置に…」 「そんなの、魔法でやればいいじゃない」 モンモンラシーが呟く。 「諸君、よく見なさい!今は点火を魔法に頼っておりますが、たとえば火打ち石などを利用して、魔法なしでも 点火を断続的に行なえるよう改良していけば、魔法なしでも…あ、こら、まだ授業は終わっていませんぞ!」 興奮した様子のコルベールとは対照的に生徒は呆れた様子で、今日の授業は変な機械の自慢話が続くようだと 思い、生徒たちは何人も教室を出て行く。最終的に残ったのは生真面目なルイズだけであった。 「うう、ミス・ヴァリエール、あなたなら私の発明をわかって下さると思っていましたよ… さ、この装置を自分で動かしてみないかね?」 そういって、コルベールはルイズを促し、成功した試作装置は無残にもバラバラになった。 To Be Continued...
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なんだ、このタイミングの悪さは。 まぁ、なんだかんだと機嫌を直したから良いものの―― まったく、子供のお守りも楽じゃない。 宵闇の使い魔 第伍話:錆びた剣 「あ――」 キュルケの部屋を出た虎蔵は、そのタイミングの悪さを呪った。 なにせルイズもまた、丁度自室から出て来たところだったからだ。 「――――よぉ」 そして尚悪いことに、ベッドに押し倒しながら緩めたネクタイはそのままだった。 ルイズは怒り狂った。 1時間ほどだろうか。 ルイズが延々とヴァリエール家とツェルプストー家の確執について語ったのは。 あまりに喋り続けてぜぇぜぇと荒い息になったルイズに、虎蔵が水を注いだグラスを差し出す。 ルイズはそれを受け取ると喉を鳴らして飲み干して「そういう訳だから、キュルケは駄目。絶対」と、 どこぞの標語のようなことを言い切った。 虎蔵は殆どを右から左に聞き流してから、 「まぁ、その辺りは置いておくとして、今日は何もして無いぜ」 と注げる。 キスはしたが、まぁあの程度は何もして無い範疇だ。 「ほんとかしら―――って、"は?"、"今日は?"って言った?」 「煙草吸いに出て行って、戻ってくるまで大体どんくらい掛かったよ」 と、後半は華麗にスルーして逆に問い返す。 ルイズはあっさりとそれに乗ってしまい、虎蔵が出て行った時間を思い出して―― 「1時間はかかって無いと思うけど」 「だろう。実際になにかイタしてたら、そんなもんじゃすまんだろうよ」 といって肩を竦める。 ルイズはイタしてという物言いに僅かに顔を赤くして、「そんなの解らないじゃない」と口を尖らせる。 それを聞くと虎蔵は、ルイズの方に手をやり、ベッドの方軽く押しながら、 「んじゃ、試して見るか」 と注げた。 するとルイズはその言葉を咀嚼するかのように固まり、次には一瞬にして茹蛸のようになって、夜にも拘らず 「ッッ―――馬鹿ぁぁぁぁッ!このエロ犬ッ!」 と怒鳴って、ベッドに飛び込んでは頭から布団を被ってしまった。 翌朝。 キュルケは昼前に目が覚めた。 ガラスの無い窓を見ると昨日の失態を思い出して、軽く溜息をつく。 だが同時に、胸の情熱の温度が上がった気もする。 昨夜、フレイムを使って呼び出した時点では、彼女の情熱は微熱から変わったばかりのもので、 言ってみれば今まで他の男子生徒に抱いていた思いとそれほどの差は無かった。 ――もちろん、それらの思いも立派な情熱ではあったのだけど―― 心中でそう呟いて、ベッドから降りて化粧を始める。 ただ、今までのと決定的に違ったことが一つある―――彼の引き際だ。 あんなにあっさりと帰られたことは無い。 あの状況――キスを、契約の物よりも情熱的なキスを交わして、ベッドに押し倒されて――で、特に惜しくも無さそうに帰られたのは、屈辱でもあるが、それ以上に彼女の情熱に薪をくべてしまった。 もし、その時の表情がダブルブッキングを責めるような表情であったりすれば、こんなことにはなっていないだろう。 だが、 ――そう、まるでふらっと入った喫茶店が満席だったから諦めた程度のような―― そんな表情であったのだ。 良いだろう、ならばなんとしてでも彼に思い知らせてやりたい。 このキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーが、そんじょそこらの喫茶店では無いということを。 彼女は生まれながら狩人なのだ。 そう心に決めると、姿見で完璧に彩った自らを確認して、意気揚々とルイズの部屋へと向かい、ノックした。 虎蔵が出てきたならば、抱きついてキスをしよう。 キュルケはそう決めて、なかなか反応の無いドアに《アンロック》を掛けて、ドアを開け放った。 結果として、キュルケは5分後には別の部屋のドアを叩くことになる。 キュルケが《アンロック》でルイズの部屋に乗り込んだ頃、タバサは自分の部屋で読書を楽しんでいた。 虚無の曜日は彼女が只管読書に没頭できる日である。 他人、自分の世界に対する無粋な闖入者を排除して、ただただ趣味に没頭して痛かった――が、 その降伏を打ち破るようにドアが激しくノックされる。 最初は無視を決め込んだが、しばらくするとさらに激しくなったので《サイレント》を掛けた。 しかし、その闖入者は諦めることをせず、《アンロック》を使ってまで部屋に入ってきた。 此処までするのは彼女――キュルケしかいない。 キュルケはタバサの本を取り上げてまで、切実に"恋"を訴える。 どうやらルイズと虎蔵がそろって出かけたのを目撃したらしく、シルフィードで追いかけて欲しいとのことだ。 なるほど、確かに馬で出て行ってしまったならば、ウインドドラゴンにでも乗らないと追いつけまい。 ならば仕方が無いかと、タバサはゆっくりと立ち上がる。 友人のキュルケが、自分にしか解決できない頼みを持ってきたのだから、面倒ではあるが受けるまでだ。 それに、キュルケとベクトルは違うが、あの使い魔に興味があるのは自分もなのだ。 「ありがとう!」と抱きついてくるキュルケを押しのけて、窓を開けて口笛を吹く。 そして彼女に「行く」と声を掛けると、椅子を踏み台に窓枠によじ登って、外に飛び降りた。 タバサが《レビテーション》で減速したのを見ると、キュルケもそれに続く。 その二人を「きゅぃきゅぃ」と鳴きながら受け止めたのはウインドドラゴンの幼生体。 タバサの使い魔、シルフィードである。 「どっち」 「んー、解らないのよね――慌ててたから」 そう言って肩を竦めるキュルケに対して、タバサは怒るでもなくシルフィードに告げた。 「馬二頭。食べちゃ駄目」 シルフィードは短く鳴いて了承の意を示すと、青い空へと舞い上がった。 その数時間後、虎蔵とルイズはトリステインの城下町を歩いていた。 事の起こりは今朝、着替えと朝食を終えたルイズが藪から棒に「街に行くわよ」と言い出したのだ。 なにやら、今日は虚無の曜日といって休日らしい。 ――休みなのに虚無て―― と思った虎蔵だったが、この世界での虚無という物が、既に失われた伝説の呪文系であることを思い出して突っ込みを自重した。 なにやら武器を買ってくれるということらしいので、わざわざ機嫌を損ねる事も無いだろうと判断した為だ。 虎蔵の戦い方は、比較的刀を"消費する"ため、幾らあっても損は無い。 ルイズの思考としては、昨夜のキュルケとの件で幾許かの焦りを感じ、とりあえず何か主らしいことを――と考えたといったところなのだろうが。 そんな訳で、二人はトリステイン最大の通りであるブルドンネ街から汚い裏路地へと入っていく。 ルイズは顔をしかめながら歩いているが、虎蔵は慣れたものだ。 「ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺りのはずなんだけど――」 まるでルイズの方がはじめて来たのでは無いかといった感じできょろきょろと辺りを見回す。 「アレじゃねえか?いかにもな」 虎蔵がルイズの肩を叩いて示したのは、剣の形をした看板の店だった。 昼間だと言うのに薄暗い店内には、壁一面に所狭しと様々な武器が並べられていた。 店の奥にはパイプを咥えた50がらみの店主。 彼はルイズを見ると 「うちは真っ当な商売してまさぁ。お上に目を付けられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」 と警戒心を露にしていたが、二人が客であるということを理解すると、突然商売ッ気たっぷりに愛想を使いだした。 ルイズは虎蔵を促して、「ほら、なんか好みとかあるなら言ってみなさい」と告げる。 壁の武器を眺めていた虎蔵が店主の前にやってくると、鍛えられた長身に見慣れない黒ずくめの服と隻眼という出で立ちに、 店主は僅かに怯みながらも「どういったものを――」と問う。 「あー、ま、これ位の長さで片刃の剣だな。反りは控えめのだな」 と、虎蔵は割りと適当な感じで普段使っている刀に近い物を求める。 すると、店主はいそいそと奥に引っ込んでいった。 「どうせならもっと大きくて太いのにすれば良いのに」 「大きければ良いってもんじゃないってのは、お前の持論だと思ってたんだがな」 呟くルイズに虎蔵はそう答えて肩を竦める。 思わず怒鳴り返そうとしたルイズだが、店主が戻ってきたため睨むに留めた。 ――あいつのペースに乗ったら負け、負けなのよ―― 心中で葛藤するルイズを尻目に、虎蔵は何本かの剣を手に取っては軽く振り回してみる。 刀使いとはいえ、虎蔵ならば剣を持ってもそこらの剣士に引けは取らない―――が、 「いかんね。強度も切れ味もわるか無いが、バランスが悪い」 そういって全て突っ返してしまった。 店主はどれも名のある錬金魔術師が――などと言って勧めてくるが、先程見事な太刀筋を見せた虎蔵に素人が、 などと言う訳にも行かずにすごすごと剣を倉庫へとしまいに行くのだった。 「全部駄目って、じゃなんなら良いのよ」 と、ルイズは不機嫌そうに虎蔵を睨む。 折角買ってあげようと言うのに、これでは意味がないではないか。 と、そこへ――― 「よぉ、兄ちゃん。好みのがねえなら俺なんてどうだい」 乱雑に積みあがった剣の方から、低い男の声が聞こえた。 なんだろうかと二人が視線を向けるが、誰も居ない。 すると店主が戻ってきて「あ、こらデル公。てめぇ何言ってやがんだ。てめぇはサイズとかバランスとか以前の問題だろうが!」と怒鳴って、 剣の山の中から1.5メートルほどの薄手の長剣を取り出した。 「ほぉ――」 「インテリジェンスソード?」 虎蔵が感心した声を、ルイズが当惑した声を上げた。 虎蔵は興味深げに「見してみ」と言って、店主から長剣を受け取る。 「へぇ―――お客様のお求めとはサイズも違いますし、なんせこんななりですが――」 なぜか興味を示した虎蔵に、今度は店主が困惑の声を漏らす。 なにせ表面には錆が浮き、お世辞にも見栄えが良いとは言えないのだから。 「ふむ――五尺の大太刀だと思えば――」 と言いながら店や他の品に傷を付けないように験し振りをしてみる。 すると、今度はその長剣が大げさな声を上げた。 「おでれーた。あんた《使い手》か!どおりでどえらい迫力――が―――いや、まて。なんだこりゃ―――あんた、一体何もんだ!?」 最初は単純に賞賛の響きがあったのだが、途中から何かに驚愕し、ともすれば怯えすら感じられる様子になった。 それにはルイズと店主も困惑するが、虎蔵だけがくくっと笑って、 「なぁ、これ。なんやら混乱してるようだが、黙らせる方法はねえのか?」 と店主に問う。 店主は「へぇ――鞘に収めればとりあえずは――」と虎蔵に鞘を手渡した。 虎蔵はまだ何か叫んでる様子の長剣を鞘に収め、黙らせる。 「気に入った。こいつは幾らだ?」 「よ、よろしいので?」 「そうよ。もっと綺麗で喋らないのにしなさいよ」 ルイズだけでなく、売りたいはずの店主までが当惑して問い返した。 「なに真っ当に使うとすると、此処の武器は相性が悪い。なら、ちぃとでも面白いほうが良いだろう」 結局、虎蔵とルイズはその長剣――名をデルフリンガーというらしい――を買って店を出た。 と、店を出るとタイミングが良いのか悪いのか、 「あ、いた」 という声が聞こえたかと思うと、路地の向こうからキュルケとタバサがやってきた。 ルイズはあからさまに「げッ――」と言って嫌そうな顔をする。 しかしキュルケはルイズの様子などお構い無しに「探したのよー、ダーリン♪」と虎蔵の腕に抱きついてきた。 そしてそれを「ちょっと、往来で人の使い魔に何してくれてんのッ!」とひっぺがそうとするルイズ。 虎蔵は面倒そうに肩を竦めると、タバサになんとかしてくれ――といった視線を向けるが、彼女は首を横に振るだけだった。 「で、何買ったの?」 暫くしてルイズによって虎蔵から離されたキュルケは、しぶしぶといった様子で虎蔵が手にしていたデルフリンガーを覗き込む。 「喋る剣をな。今は鞘に入れて黙らせてるが」 「インテリジェンスソード」 タバサが呟く。 だが、それほど興味を引いた様子はない。 キュルケにいたっては、そんなのよりもっと綺麗で強そうなのにすれば良かったのに、と言ってくるほどだ。 どうやら、この世界では喋る武器はそれほど珍しくもないらしい。 とはいえ、どうも虎蔵の中の何かに気付いた様子だった。 《使い手》という言葉も、多少は気になる。 「ま、あれだ。ありがとよ」 虎蔵は未だに「もっと良いのでも買ってあげたのに」とぶつぶつ言っているルイズの頭を撫でて、そういってやるのだった。 その後、キュルケが虎蔵がいつも咥えている物――すなわち紙巻の煙草に興味を示したり、それの残りが少ないので葉巻でも良いからほしいと言う虎蔵に、キュルケがやたら高級そうな葉巻を買ってきたりと、 四人で――正確に言えば、賑やかだったのはルイズとキュルケで、虎蔵とタバサは引っ張りまわされた感が強いのだが――街中を歩き回った。 そして帰り道。 シルフィードで飛んでいくキュルケとタバサを追う様に馬を走らせながら、 ――やっぱり物じゃ駄目ね。魔法で、魔法を使えるようになってトラゾウに主としての威厳を示さないと―― ルイズはそんな決意をしていたのだった。
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背後から飛来した氷槍は、一発の無駄もなく、ルイズを縛る触手を断ち切った。 次第に晴れる爆煙のなかを、タバサが駆け寄ってきた。 「タバサ、ナイス!!」 細かいことを任せれば、天下一品のタバサに、キュルケは感謝した。 タバサはそれに答えることなく言った。 「今のうち。早く逃げる」 上空から、タバサの使い魔である風竜のシルフィードが舞い降りてきた。その背中には、意識を失ったコルベールを乗せている。 シルフィードで空へ逃げるということか。 キュルケは地面に倒れ伏すルイズに駆けより、その傷だらけの体をソッと抱き上げた。 しこたま吸血されたせいか、ルイズの体は羽根のように軽かった。 (……かっこ…つけて……) 泣いてる暇はない。 ルイズを抱えたキュルケは、シルフィードの元へ駆け寄った。 タバサはすでにシルフィードに乗って、2人を待っていた。 「お待たせ!!」 颯爽とシルフィードの背に跨ったキュルケを見やると、タバサはシルフィードを空へと飛翔させた。 シルフィードが一声きゅる、と鳴いた。 ひとまずは大丈夫だ……。 騎上で2人は今度の今度こそ肩の力を抜いた。 ………。 2人は下を覗いて、あの得体の知れない、ルイズの使い魔の様子を見た。 タバサに断ち切られた触手は既に八割方回復していた。 一体どこまで化け物じみているのか。 そして次に、肉から伸びる触手が、お互いに複雑に絡みついてき、やがて一つの塊を為した。 人類の原始を連想させるような、おぞましい肉塊は、次第に次第にその形を安定させていき、ついには1人の男の人影となった。 下半身は衣服を身につけていたが、上半身はものの見事に裸だった。 太陽光を受け、まるでそれ自体が輝きを放っているかのようなブロンドの髪。 古代オリエントの彫刻を思わせる、艶めかしいが躍動感の溢れる、均整のとれた肉体。 男のくせに、そいつはまるで女のような、怪しい色気を放っていた。 片膝をつき、地に目を落としている。 よく目を凝らしてみないと分からなかったが、その肉体の首の背中の付け根には、星形のようなアザがあった。 広場に現れた場違いなまでの美男子の姿に、2人は釘付けになった。 あまりにも夢中になっていたので、その腕を1人の少女がすり抜けていることに、キュルケは気づくのが遅れた。 「へ……? あっ……!?」 時すでに遅く、いつの間にか意識を取り戻していたルイズが、シルフィードから転げ落ちるように男めがけて落下をしていった。 12へ
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ギーシュ・ド・グラモンの朝は爽やかに始まる。 誰に起こされる訳でも無くすっきりと目覚め、彼が溺愛する使い魔に朝の挨拶と抱擁を与えてから 清潔感漂う(正し少しばかり趣味が悪い)白の制服に袖を通して、自分の身体に特別違和感の無い事を確認する。 正直一昨日はどうなる事かと思ったけど、まあそこは僕だし どんな逆境へ追い込まれようと平民に返り討ちにされたと揶揄されようと、華麗に立ち直るのが僕のいい所さ。 調子は悪くない。毟ろ少しばかりの空腹感が健康を感じさせる。 実家に泣き付いて取り寄せた高価な回復薬だけではない、 僕に劣らず優秀な水属性のメイジ、モンモランシーによる献身的な看病のお陰だろう。 こればっかりは、僕の日頃の行いの賜って奴だな。フフ、人徳人徳ゥ! 朝食を食いに行く前にまず身嗜みを整えようと洗面台の前に立ち、ヘアブラシに手が伸びた所で全身が硬直した。 鏡に映る人影は二つ。 振り返る、誰もいない。 再び鏡を見る。先ほどより少し接近した男は、忘れもしない一昨日の『平民』の―――― 目が合うと、鏡の男はニヤッと笑った。 「っぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁヒィッ」 ルイズはいい加減激昂していた。 昨日自分がちょっとカッとなったばかりに、イルーゾォは結局丸半日寝込むハメになってしまって、 それについては素直に謝罪してもいい、と思っていた。 それだけでは無い。 どうやら『魔法』を知らないらしい彼に詳しい説明を聞かせてやろうとも思っていたし、 粗末な食事(もっとも、イルーゾォはそれを見た事すら無いが)も改めるつもりだった。 それに、彼は「『尊敬』出来ない奴の為に働く気は無い」と言った。今までは『使い魔は私のために働く』のが当然と思っていたけれど、 ああも真直ぐに主張されてはね除けられる程、私は自分に自信が無い。 『尊敬』に足る人物になりたい。その為に、『今の私』を知って貰うのが誠意だと思った。 『ゼロ』とは何か、打ち明ける気でいた。 まあそれでご推察の通り、意を決して訪れた医務室はもぬけの殻だった訳で。 「あァァの野良使い魔ァ!今度こそ絶対、絶ッッッ対取っ捕まえてやるんだk 「ダーリン!お見舞いに来・・・・あれ?」 私の心の叫びを遮る声の主は、ドアを勢い良く開け医務室に飛び込んできた見るからに健康そうな女性。 まあキュルケさん、ごきげんよう、何か御用ですか?つーかダーリンって何ぞ。 「・・・・ダーリンは?」 「ダーリンは知らないけどイルーゾォは逃げたわ」 「(イルーゾォって言うのね?変わった名前)もう、何してるの!自分の使い魔ならちゃんと見張ってなさい。ずっと居られたら邪魔だけど」 「何か言った?!」 キュルケは意外とあっさり引き下がって、脇にいるタバサ(静かにしてただけで、ちゃんと居たのよ)に向かって ねえ~一緒に探すの手伝ってくれるう?と語尾をだらしなく延ばして頼んでいる。 タバサがチラッとこっちを見た。 ――――『頼むべき。口だけ。協力する』 あの名前も知らないメイドを除けば、逃げ出したイルーゾォを見たのはキュルケだけだった。 どうやら捕まえようとしていたらしいし、食堂でタバサが彼に気づいたのも『キュルケの手鏡』を見たせいだ。 私が意地を張らなければ・・・・ ・・・・ううん、違う。1人よりも3人の方がいい、それだけよ! 一つ息を呑んで、心を決めて。歩き出す二つの背中に声をかけた。 「きゅ、キュルケがイルーゾォを探すっていうんなら、協力してあげてもいいわ!」 「何言ってるのよ、貴方の使い魔でしょう。」 「協力するのは私たち・・・・」 キュルケとタバサは、顔だけ振り返って私を迎える。 「何処から探す?」 世界が少し広がった、気がした。 こんなに天気がいいんだからとりあえず中庭を探そう、というキュルケの提案を半ば直感で却下して(天日に当てたら溶けかねない) 室内を重点的に探す事で話がまとまった。 イルーゾォは私の知らないうちにあのメイドに懐いていたから、まずは厨房だ。 「イルーゾォさんですか?はい、今朝いらっしゃいましたよ。」 屈託のない絵顔で私を迎えるメイド(キュルケが小さい声で「勝った!」って言ってたけど私には何の事だかさっぱり!)は、 やはり頻繁にイルーゾォと会っているらしい。というか、餌付けしているらしい。 一瞬帰ってこないのは彼女のせいじゃあ?と思ったけれど、使い魔の世話をして貰っておいてそれは筋違いだと思い直す。 「何処へ行ったか判らない?」 「あの・・・・申しあげにくいのですが。」 メイドはたっぷり逡巡した後、申し訳なさ気な表情で私を見下ろして、小さく「『暫くアイツの来ないところへ』・・・・と。」 ・・・・どうせ小さく言うなら、キュルケ達に聞こえないようにして欲しかった。 「あの、乱暴はやめてあげてください。」 「確約は出来ないッ・・・・!」 自分はギーシュのワルキューレと真正面から戦ったくせに、こんなか弱い女の子捕まえて何言ったのよう! 「むぐう!ん゛――――――!ん゛――――――!!」 「五月蝿いな騒ぐなよ!どうせ誰にも聞こえやしないんだ」 見えない掌に顔面を掴まれる感触のすぐ後に、まるで水面に沈むように鏡の中に引き入れられた。 目の前には昨日の平民、爽やかな朝は一転パニック日和。この感覚は初めてじゃあない、一昨日体験したばかりで 『見えない力』を感じたすぐ後に周囲の雰囲気ががらりと変わるのも、やはり同じだった。 唯一違うのは、頭を掴んだ掌が離れる事なく、(一昨日はサッと離れて、次いで背後から衝撃が降って来た) そのまま僕の口を塞ぎ、がっしり掴んで離さない事だ。 「落ち着けって」 無茶言うな!見えない相手に殴られるのがどれほど恐いかわかるかい?! ・・・・あれ?わかるかな。良く考えれば、多分こいつの魔法だよ。これ。 何故平民が魔法を使えるのかは知らないけれど(そもそも平民が『使い魔』になる時点で意味がわからない) もがく僕を面白くも無さそうに見ているこいつが原因って事でまず間違い無いだろう。 「・・・・むぐぅ」 「よし、気が済んだか?」 僕が抵抗をやめると、案外すんなりと『見えない力』は離れて、それきり何もしてこない。 景色全体に薄く灰色をまぶしたような死んだ雰囲気の部屋は、しかし確かに僕のものだ。 左右が綺麗に反転されているせいで違和感が付きまとうが、部屋中に僕の私物が溢れている。 ヴェストリ広場もそうだった。急に薄ら寒くなって、ギャラリーが消失し僕一人取り残される。 「ぼ、僕の部屋に何をした?!」 「『お前に』何かしたんだ。『引き入れた』んだよ、見えなかったのか?」 引き入れる。そう、僕は洗面台の鏡に頭から突っ込んだ。産まれて初めての体験だ。 振り返ると僕が引きずり込まれた鏡があり、そのむこうにはやはり洗面所が映り・・・・『僕と平民が映っていない』?! 「ど、どういう事なんだよこれはッ」 何か起こっている!けど、これがどんな魔法なのか、何のためなのか、一つもわからないじゃないか! 「五月蠅いな、騒ぐなって言うんだ・・・・おい」 「な、何さ」 「『マジで見えない』のか?」 平民は僕の目の前でふわふわと手を振って見せた後、人差し指だけ突き出して、つんと一度空振りさせる。 「だから何が・・・・あだっ」 額を小突かれた。まただ!また見えない攻撃が―――― 「マジだ・・・・」 おい平民!何驚いたような顔で見てるんだよ!一体何がしたいんだよッ!!
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前ページ次ページS-O2 星の使い魔 『アイツは、英雄様の息子だからねぇ』 哂い声が、聞こえる。 人は誰も、己の持たぬものを羨望するもの。 聞き飽きたはずの嫉妬とやっかみ。 しかし、向けられ続ける悪意を受け流すには、少年は若すぎた。 『違う! 僕は僕だ!』 反発する声が、聞こえる。 人は誰も、一度は己に刻み込まれた運命を呪うもの。 恵まれているはずの自分の出生。 しかし、それを与えられるままに満足するには、少年は聡明すぎた。 『……あまり周りの言うことなんて気にするな』 優しい声が、聞こえる。 人は誰も、信じるに値する人物が世に存在するもの。 けれど、その優しささえもが重く、苦しい。 人の真心を素直に受け入れるには、少年は幼すぎた。 『僕は、地球連邦軍ロニキス・J・ケニー提督の息子というだけの人形じゃない!!』 叫び声が、聞こえる。 人は誰も、一度は思い願うこと。 誰かの付属品としてではなく、己自身の価値を誰かに認めて欲しい。 しかし、それを叶えるには、彼の父親はあまりに偉大すぎた。 誰も近寄るな。 誰か近くに居てくれ。 相反する二つの思いを抱える少年。 やがて夢は形を変え、影が少年の肩を抱きしめ、包み込む。 「──────ッッ!」 言い知れぬ不快感に襲われ、少年は全身を振るって影を振り払う。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 沈黙。 何処までも高く、青く澄み切った空から太陽の光が穏やかに降り注ぐ。 その下で、自分が座り込んでいるのを理解するのに数秒。 腰の痛みから、転んで軽く打ち付けでもしたのだろうか。 鼻の奥をくすぐる芝生と土の匂い。 彼にとっては決して馴染み深いものではなかったが、 これらの感触が、決して今の状況が夢の続きの類ではありえないと確信させる。 これも生き物のサガか。 (ここは……一体……!? そうだ、僕は惑星ミロキニアの調査を……ぐっ!) 自分の行動、そして置かれた状況に思考が回りかけるも、頭痛に遮られる。 軋む頭蓋骨の中で、次第に少年の脳細胞はシナプスを繋ぎ、記憶を再生させていく。 父親への反発心から、まともに調査していない機械に近づいたこと。 死んでいたと思っていた装置が突然作動し、その発動に巻き込まれたこと。 銀色の光に包まれ遠のく意識の狭間で、父が自分の名を呼んでいたこと。 そして、今の自分は、きわめて異常な事態におかれていること。 目の前には桃色の髪の少女がキョトンとした表情で尻餅を付いている。 どうやら寝惚けた勢いで突き飛ばしてしまったらしい。 その服装は旧西暦における中世欧州をモチーフとしたもののように思われた。 言い換えれば、典型的な未開惑星の住人の服装ということ。 周りを見渡せば、これまた絵に描いたような服装、服装、服装。 これはあれか、ロストテクノロジーの気紛れで、未開惑星に空間転移してしまったということか。 (……なんてこった) 蛮勇の代償は、相当に高くついたようだ。 しかも、これだけ現地民がいては当面通信機も使えそうにない。 「──────ハッハハハハッハハハハハハ!」 さて、状況は少年の思考がまとまるまでの時間を与えることは無かった。 周囲から巻き起こる爆笑の渦。 笑い声の中に混ざる言葉の意味は理解できないが、そこに秘められた意味は容易に理解できた。 すなわち、剥き出しの悪意。 自分も散々受けてきたものと同質のものだ。吐き気がする。 もっとも、自分はここまで直接的に向けられていたわけではないけれど。 何にせよ、どうやら人間という生き物は未開惑星人であれ文明人であれ、どこもさして変わらないらしい。 目の前の桃色の髪の少女が顔を真っ赤にして言い返し、後ろに佇む禿頭の男に何かを申し出る。 彼女の態度が他の人間に向けるそれと明らかに異なることから、何らかの権威ある人物なのだろうと少年は推測した。 改めて周りを見渡せば、彼女を囃し立てる人間は誰もみな自分と同じくらいか、自分より少し年下くらいの男女ばかりだ。 その中で禿頭の男は、壮年から中年といったところ。 なるほど、ここは学校で彼は教師かな。 そんなことを考えていると、件の桜色の髪の少女が溜息を一つついてこちらに向かってくる。 そして、集中した様子で何かを口ずさみ、杖が振られる。 (まさか、紋章術の詠唱か!?) とっさに思い至り身構えるが、この状況で自分が攻撃されるとも思えない。 そして何よりも、先ほど寝惚けて彼女を突き飛ばしてしまったことへの罪悪感が、彼の初動を遅らせた。 で、その結果。 「は、は、初めてだったのにぃぃぃぃぃぃ~っ……!!」 (僕も初めてだったんですケド……) 恙無く、契約の儀は完了した。 頭を抱える少女と少年を残して。 そして、その数秒の後。 「─────っ、が、ああッ!?」 「ああ、大丈夫よ。使い魔のルーンが刻まれているだけ。すぐに落ち着くわ」 焼け付くような痛みに悶絶する少年を尻目に、桜色の髪の少女はこともなげに言い放つ。 果たして、痛みはじきに消えた。 もっとも、事情を説明されずに焼印を押されるような感触を味わうのは精神衛生上よろしくない。 せめて一言くらい説明してくれればいいのに。口を尖らせる少年であった。 そして、彼の左手に残されたのは、少年の知識に無い紋章。 紋章学にはそれなりに知識のある彼ではあったが、このような文字の配列は見たことが無かった。 「終りました、ミスタ・コルベール」 「ふむ、珍しいルーンですね。では皆さん、教室に戻りますよ」 ああ、思ったとおりやっぱりこの人は教師だったんだ……などという気の抜けた考えは、 次の瞬間に目に入ってきた光景によって根こそぎ吹き飛ぶ。 呪文とともに、人が飛びあがる。 何でもないことのように、まるで自転車か何かに乗るかのように! (馬鹿な、個人レベルでの飛行能力……しかも、あの様子からして重力制御か!? 特別な機関を使っている様子も無い、未開惑星があれほどの技術を持っているなんて!) なにやら他の生徒たちがやいのやいのと囃し立てているが、さっぱり耳に入ってこない。 目の前の光景が理解できないながらも、自分が異世界にいることを実感しつつあった。 そして、残されたのは二人。 「……」 「……」 顔を見合わせる。 沈黙が重い。 「え、ええっと……」 耐え切れなくなったのは、少年の方が先だった。 「……君は飛ばないの?」 「う、うっさいわねえ! そ、そうよ! あんたから色々と話を聞かなきゃいけないでしょ! どうせあんたも飛べないんでしょ、途中で色々聞かせてもらうんだから!」 「あ、ああ、なるほどね」 「そうよ! ……で、あんた、名前は?」 「あ、うん、ごめん。そうだね、僕は─────」 そこまで言いかけたところで口篭る。 息が詰まる 心臓が高鳴る。 手に汗がじっとりと浮かぶ。 大丈夫、知っているわけがない。 ここは未開惑星なんだから。異世界なんだから。 でも、もしかしたら。 9割9分9厘ありえないことだとわかっていても、恐れずにはいられない。 それほどまでに、彼の父は大きすぎる人間なのだ。 「─────クロード・C・ケニー」 窒息しそうになりながら、内臓が飛び出しそうになりながら、味気も飾り気も無い自己紹介を済ませる。 その名を聞いても、彼女は一つ鼻をフン、と鳴らしただけだった。 少なくとも、彼女が父の名を知らないのは間違いないらしい。 安堵と開放感、そしてほんの少しの寂しさから口元が微かに緩む。 「……何笑ってるのよ、気持ち悪い」 「ああ、ごめん」 さっきから謝ってばかりだな、僕。 「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。ルイズで良いわ」 彼女は胸を張って、そう名乗った。 前ページ次ページS-O2 星の使い魔